SAP S/4 HANA Cloud とは?特徴、Public と Private の違いを解説

 2023.10.06 

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2015年に登場したSAP S/4 HANAは、SAP社の次世代ERPとして導入が進められてきました。また、SAP S/4 HANAのクラウド版であるSAP S/4 HANA Cloudは2016年の登場以降、DXを見据えたクラウド移行を計画する多くの企業に採用されています。SAP S/4 HANA Cloudにはパブリック版とプライベート版が用意されており、それぞれ特徴が異なります。導入の際には、それぞれの特徴を理解した上で適切な選定を心掛けたいところです。ここでは、SAP S/4 HANA Cloudの2つのエディションの特徴と導入するメリット、注意点などを解説します。

SAP S/4 HANAとは

まず、SAP S/4 HANA Cloudの母体であるSAP S/4 HANAの特徴を理解しておきましょう。

リレーショナルインメモリデータベース「SAP HANA」

SAP S/4 HANAの根幹とされる技術が、リレーショナルインメモリデータベース「SAP HANA」です。SAP HANAはカラムストア型インメモリデータベースとして、2011年に登場しました。
インメモリデータベースとは、メインメモリ上にデータを保持した状態で追加・削除・変更処理などを行うデータベースの総称です。従来型のオンディスクデータベース比で最大数万倍もの処理速度を実現できるため、業務トランザクション実行や夜間パッチ処理、MRP計算といった、ERPに求められる基礎的な能力が大幅に向上します。

さらにカラムストア型(列指向型)を採用することでデータの圧縮効率を上げていることも特徴のひとつです。列指向型は「列」単位でデータを取り扱います。また、一般的に列単位でデータベースを見ると、データは同一であることが多いです。このことから、行単位でデータを扱う場合に比べて圧縮が容易であるという強みを持っています。さらに列指向型は大量のデータの中から列単位で更新をかける場合に処理速度を発揮しやすく、データ集計や分析に特化した方式といえるでしょう。オンラインでのトランザクション処理では行指向型が有利ですが、この点はインメモリ化によるメリットでカバーできるため、従来型のデータベースより速度向上を体感しやすいのです。

SAP HANAを採用した「SAP S/4 HANA」

このような特徴を持つSAP HANAをコア技術として採用した新世代のERPが「SAP S/4 HANA」です。SAP S/4 HANAは2015年に登場し、それまで主流であったSAP R/3とは一線を画す機能が話題となりました。SAP S/4 HANAの特徴としては以下が挙げられます。

  • ゼロレスポンスタイムの実現
    SAP S/4HANAはインメモリデータベースの高速処理により、レスポンスタイムを大幅に削減することに成功しています。SAP社ではこの特徴を「ゼロレスポンスタイム」や「ライブ」という呼び方でアピールしています。
  • 総保有コストやストレージコストの削減
    レスポンスタイムが縮小されたことで業務プロセスの改善が可能になることもSAP S/4 HANAの特徴のひとつです。また、業務プロセスの改善によってオペレーションの工数が削減された結果、総保有コストの改善をもたらすことも報告されています。さらに、アプリケーション実行時に必要とされるメモリ量(メモリフットプリント)も削減できることから、ストレージ削減効果もあるとの見解が示されています。
  • 分析、レポーティングを同一プラットフォームに組み込む
    SAP S/4 HANA以前のERPでは、分析・レポーティングの機能を外部システム(データウェアハウス)で実現していました。一方、S/4 HANAでは同一のプラットフォーム内で分析やレポーティングが行えるようになっています。ERP内に分析・レポーティング用のトランザクションを組み込めることから、経営戦略に結びつくインサイトをより手軽に得られるというメリットがあります。
  • クラウド対応
    SAP S/4 HANAはクラウド、オンプレミスの両方に対応可能なERPです。特にクラウドは、後述するSAP S/4 HANA Cloudの提供によってコストと拡張性のバランスが取りやすくなっています。
  • 新UI「SAP Fiori」 で開発効率と操作性向上
    S/4 HANA世代では、R/3世代までのUI「SAP GUI」から新GUI「SAP Fiori」へとUIが刷新されました。SAP GUIではSAP ERPの専用言語である「ABAP」でのみ開発が可能でしたが、SAP FioriではHTML5やJavaScript、CSSなどオープンな技術を使用することができます。また、UXの向上も実現しており、モバイルアクセスを意識した使い勝手の良いビジネスアプリケーションの構築が可能です。
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SAP S/4 HANA Cloudとは

SAP S/4 HANAにはクラウド専用の製品「SAP S/4 HANA Cloud」が用意されています。SAP S/4 HANA Cloudは2016年からSaaS型のサービスとして提供が開始され、ERPの機能をより手軽に無駄なく利用できることが強みです。2023年9月時点では、以下2つのエディションが提供されています。

  • SAP S/4 HANA Public Edition:パブリッククラウド版
  • SAP S/4 HANA Private Edition:プライベートクラウド版

それぞれの特徴を整理していきましょう。

SAP S/4 HANA Public Edition

SAP S/4 HANA Public Edition はSAP S/4 HANA Cloudのパブリッククラウド版です。ERPとしてのコア機能をSaaSとして提供しており、基幹業務を遂行するために必要十分な機能が利用できます。

ただし、SAP S/4 HANA Public Editionのコンセプトは標準機能に業務を合わせる「Fit to Standard」です。つまり、ユーザーは自社業務をSAP S/4 HANA Public Editionに合わせる必要があるわけです。また、オンプレミス版や後述のプライベートクラウド版に比べると拡張性の制限が多く、一部機能が省略されている、カスタマイズに制限があるなどのデメリットがありました。しかし、2022年から徐々に拡張性が向上しており、現在では以下3つの方法による拡張が可能です。

  • In-APP拡張
    専用ツールによって提供されるローコード/ノーコードの拡張です。独自の項目やビジネスロジックを追加したい場合に使用されます。
  • Side-by-Side拡張
    開発プラットフォームであるSAP Business Technology Platform(SAP BTP)を用いてアプリケーションを開発し、APIを通じてSAP S/4HANA Cloudと接続する拡張方法です。従来であればERP内部に作成していたアドオンプログラムを外部化し、API接続することで、ERP本体に手を加えることなく拡張性を確保しています。
  • 開発者拡張(ABAPによる拡張)
    開発者拡張は、2022年に提供が開始された最も新しい拡張方法です。この拡張により、制限付きではあるものの、オンプレミス版のSAP ERPで日常的に行われていたABAPによるアドオン開発可能になっています。ただし従来型の追加開発(クラシック拡張)とは実装ルールが異なることに注意しておきましょう。この点については、後ほど詳しく解説します。

SAP S/4 HANA Private Edition

SAP S/4 HANA Private Editionは、オンプレミス版と同様の機能を提供するプライベートクラウド版です。In-APP拡張、Side-by-side拡張、ABAPによる追加開発が可能で、自由度の高さはオンプレミス版とほぼ同等と言って良いでしょう。

また、複数のPaaS(AWS、Azure、GCP)を用いた構築が想定されているため、予算・規模・機能性に応じて自由にプラットフォームを選択できることも魅力のひとつです。

SAP S/4 HANA Cloudにおける開発者拡張とは

ここで、前述した開発者拡張についてもう少し詳しく見ていきましょう。最新版のSAP S/4 HANA Public Editionでは、以下のようにクラウド版特有の実装ルール「クラウド開発モデル」に準拠する必要があります。

  • SAPオブジェクトの利用制限
    クラウド開発モデルでは、特定の属性(Release contract)でリリースされたPublic APIのみが利用可能です。
  • 事前に定義されたポイントのみで拡張可能
    SAPオブジェクトの拡張はあらかじめ定義・リリースされたポイントのみで有効です。また、モディフィケーションは利用できないことになっています。
  • クラウド専用のABAP構文による開発
    ABAPクラウド開発モデルにおいて最も注意すべき点が、「クラウド専用のABAP構文」です。通常のABAPには存在しなかったABAP構文やオブジェクトタイプの制限があります。また、クラウド開発向けのバージョン(ABAP for Cloud Development)を使用する必要があります。

SAP S/4 HANA Cloudを導入するメリット

次に、SAP S/4 HANA Cloudの導入により得られるメリットを具体的に見ていきましょう。

安価かつ迅速な導入が可能

SAP S/4 HANA Cloud(特にPublic Edition)の根底には、「コア機能のみをウェブから利用する」という考え方があります。SaaSであることに強みを活かし、初期構築の手間とコストを省きつつ、基幹業務の遂行に必要な機能を素早く導入できるというメリットがあります。

イノベーションサイクルが速い

イノベーションサイクル、つまり「新しい技術や機能」「機能改善」を定期的に受けられることもSAP S/4 HANA Cloud のメリットです。特にPublic Editionでは毎月のシステムアップデートに加え、年2回のシステムアップグレードが必須になるなど、新機能が逐次追加される方式を採用しています。2~5年に1回の頻度でアップグレードが提供される従来型のERPに比べると、運用面の負荷が小さくなることが予想されます。

Fit to Standardをベースとしつつ拡張性も確保

SAP S/4 HANA Cloudでは、「Fit to Standard(標準機能に業務を合わせる)」に沿った導入を心がけることで、追加開発や改修の工数を最小化することが可能です。一方で、開発者拡張の提供が開始されたことで、自社固有の要件にも対応できるようになりました。

運用負荷の軽減

クラウド版に移行することで運用作業の絶対的な工数が削減されることも見逃せません。特に、運用をベンダーに任せることで、人的リソースやハードウェアの調達・調整が不要になることは大きなメリットです。

拡張性を確保しやすい

SAP社がSAP S/4 HANA Cloudの活用を積極的に推進していることもあり、今後も拡張機能や追加サービスの提供が予想されます。一般的にクラウドサービスは、オンプレミス型に比べて拡張性が低いとされてきましたが、この点に対する改善の意気込みが感じられます。また、「アドオンプログラムによる造りこみ」ではなく、「APIによる機能ベースの連結」が可能となるため、最新機能を取り入れやすいこともメリットです。

SAP S/4 HANA Cloudへの移行で注意すべき点

一般的に、オンプレミス型のシステムからクラウド型のシステムへと移行する場合にはさまざまな対応が必要です。この点はSAP ERPも同様です。オンプレミス版のSAP ERPからSAP S/4 HANA Cloudに移行する際には、以下のような点に注意しておきましょう。

カスタムコードの改修が必要

SAP S/4HANA Cloudでは、オンプレミス環境で使用していたABAPプログラムをそのまま利用できない可能性があります。前述のようにABAPクラウド開発モデルに準拠した開発が必要だからです。もちろん、すべてのABAPプログラムに対して修正が必要なわけではありません。しかし、既存のプログラムとABAP開発プログラムとの照らし合わせ、影響範囲の調査などは必須になるでしょう。また、モディフィケーションを利用している場合は、一旦廃止した後に別な手段へと置き換える必要があるかもしれません。

影響調査や改修ポイントの精査にコストがかかる

上記に関連して、機能別の影響調査や改修ポイントのピックアップに時間がかかることが予想されます。アドオンプログラムの数によっては、大量のエンジニアリソースが必要になることも想定しておくべきかもしれません。

SAP独自のプロジェクト運営方法を踏襲する必要がある

品質検証環境や本番環境の提供をうけるためには、SAPが独自に定義したフェーズにしたがって、フェーズ終了ごとに報告をする必要があるようです。仮にこの方式でプロジェクトを運営したとして、従来のプロジェクト運営よりもコストが増えてしまう可能性も否定できません。

自由度を高めたい場合はPrivate Cloud版も視野に

前述のようにSAP S/4HANA Cloud には、Public Cloud版とPrivate Cloud版という2種類のエディションがあります。Public Cloud版はリリース当初に比べると拡張性が向上しているものの、「フル機能が提供されない」「オンプレミス版のようにフルアドオンによる開発が難しい」などさまざまな制限があります。したがって、オンプレミス版と同様の自由度を確保したいのであれば、Private Cloud版の利用も視野に入れておきましょう。

まとめ

ここではSAP S/4 HANAのクラウド版である「SAP S/4 HANA Cloud」について、概要や特徴、メリット、注意点などを解説してきました。SAP S/4 HANA Cloudは、SAP R/3 (ECC6.0)を使用している企業にとって、クラウド移行の第一候補となりうるソリューションです。特にPublic Cloud版は2022年から開発者拡張が提供されたことで、自社固有要件への対応力が向上しています。一方で、オンプレミス版やPublic Cloud版と比較すると制限が多いことも事実です。自社のニーズや将来的な目的に合う製品をしっかり比較検討し、適切な選定につなげていきましょう。
主なERP製品の比較資料をご用意しましたので、ぜひ参考にして下さい。

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