DXプロジェクトの推進にあたり、基幹システムの刷新を検討する企業が増えています。これまで、社内の幅広い業務をサポートするERPシステムを導入する際は、自社の要件にシステム側の仕様が適合しているかを見極める必要がありました。しかし近年では、迅速なシステムの導入を実現する「Fit to Standard」に注目が集まっています。本記事ではFit to Standardの概要とメリット、DXとの関連性について詳しく解説します。
DX推進の課題
ビジネスを取り巻く環境がデジタル化していく中で、企業が市場での競争優位性を確立するには、最新のICT技術とデータ活用による変革が必要です。経済産業省は「DX推進ガイドライン」の中で、企業がICT技術とデータを活用して急速な市場の変化に対応していくには、ビジネスモデルの変革や業務プロセスを見直す必要があると提唱しています。データ活用から得た情報を基に、ビジネスの成果向上を目指すDXの推進には、複雑化した膨大なデータをリアルタイムに収集・分析する基盤が不可欠といえるでしょう。
経済産業省の公表した「DXレポート」では、現在多くの日本企業がブラックボックス化したレガシーシステムを抱えていることを指摘しています。劣化したシステムが引き起こすトラブルや追加開発による応急的な処置は、長期的に見て保守・運用コストのムダにつながるため、多くの企業で重大な課題と認識されています。自社の事業展開に合わせて仕様変更を重ねたシステムは複雑化しているケースが多く、最新のICT技術が導入できなかったり、データが連携できなかったりという事態も発生するのです。
DX推進の阻害要因を排除するために、レガシーシステムの刷新は不可避です。ただし、単に新たなシステムを導入・運用するだけでは、また同じことの繰り返しとなりかねません。スピードが重視されるDX推進において、昨今ではシステム開発をスピードアップするアジャイル開発も話題になっています。そして、アジャイル開発とともに、DX推進に大きく貢献するのがFit to Standardです。
Fit to Standardとは
Fit to Standardとは、ERPの導入において、足りないものを開発してつくるのではなく、複数のクラウドを組み合わせて導入する方式です。システムの標準機能を最大限に活用することを前提としているため、原則的にアドオンの追加開発は行いません。
これまで企業単位でERPの構築・運用を進めてきた日本にとって、基幹システムの刷新プロジェクトは非常に難易度が高いという声も耳にします。しかし、強大にレガシーシステム化したERPを刷新しなければ、DXの推進は不可能といえるでしょう。Fit to Standard でERPを導入する際は、DXに対応するためのシステム構築に十分考慮し、アーキテクチャを全面的に見直していく必要があります。
Fit & Gapとの違い
Fit & Gapとは、ERPに搭載されていない機能をアドオンで追加し、自社の業務に合わせてシステムの仕様を変更してギャップを埋めていく導入方法です。
Fit to Standard | Fit & Gap | |
業務適合 | すべての業務をシステムに合わせる アドオン開発不可 |
できる限り業務をシステムに合わせる アドオンによるカスタマイズ可 |
導入期間 | 数ヵ月の短期間で導入可能 | 1年を超えるケースもある |
プロジェクトの推進 | 経営主導によるトップダウン型 | 現場優先のボトムアップ型 |
Fit to Standardは、クラウドのパッケージサービスで提供される標準機能に業務プロセスを最適化するため、アドオン開発は実施しません。アドオンの開発を行わないぶん、導入期間が短縮できるのも特徴です。一方で、Fit & Gapはできる限り業務をシステムに合わせるため、埋められないGapにはアドオンの開発を検討します。アドオン開発のボリュームが増えると、設計書の作成や単体テスト、結合テストの実施に多くの時間と労力を投入しなくてはならないため、導入までの期間が年単位となるケースも珍しくありません。また、Fit to Standardは経営主導でプロジェクトを推進していくのに対して、Fit & Gapは現場主導で進めるといった点にも違いがあります。
Fit to Standardのメリット
Fit to Standardのアプローチを徹底すれば、メリットの最大化が期待できます。スクラップ&ビルドの考えに則って、システムに合わない業務があればプロセスの変更を検討していくため、Gapの洗い出しを行う必要はありません。新たなシステムを用いて業務が成立するかどうかといった、これまでとは違う視点で各業務を見直していくことが成功につながります。
標準機能の最大活用
導入するシステムの標準機能を最大限に活用できるのがFit to Standardの特徴です。Fit & Gap と比較した場合、既存業務の適合性という点で不足を感じる部分もあるでしょう。しかし、ベンダー企業が提供しているERPシステムの機能は、本来その業界のベストプラクティスを標準化したものです。
そのため、ERPシステムに搭載された機能が、独自にアドオン開発して追加する機能と性能面で劣るとは限らないのです。標準機能を最大限に活かす方法を検討することで、従来のシステムでは成しえなかった業務効率化が実現する可能性もあります。
常時最新バージョンの利用が可能
システムの最新バージョンが常に利用可能となる点も、Fit to Standardの大きなメリットです。自社の業務プロセスに合わせてシステムを変更するFit & Gapの場合、追加したアドオン間での調整が必要になるため、クラウドベンダーが提供する最新バージョンのシステムをそのまま使い始めることは困難でしょう。しかし、Fit to Standardであれば、最新機能を迅速に取り入れて自社の業務を最新のICT環境に適合させることが可能です。
グローバル経営の促進
Fit to Standardはグローバル経営の促進にも寄与します。独自の商習慣を反映させたシステムは、事業をグローバルに展開しようとしたときに、かえって足枷となってしまうケースも少なくありません。世界的なクラウドベンダーが提供するERPは、国境を超えてその業界で要求される標準的な機能を搭載しています。Fit to Standardの推進は、自社の業務形態を業界標準に近づけることでもあり、グローバル経営を促進する効果にもあります。
Fit to Standardを推進するポイント
新しいシステムを導入する際は、現場ユーザーの使いやすさに配慮するのも大切なポイントです。複数のクラウドを組み合わせて活用するFit to Standardは、環境の変化が現場ユーザーの作業効率を下げてしまうリスクに対して、どう対処すべきかといった観点も求められます。また、複数ベンダーとの契約により、クラウドがブラックボックス化するのを未然に防ぐ対策も必要です。運用負担を低減させるための施策も検討しながら、Fit to Standardによる基幹システム導入を成功に導いていきましょう。
ERPの機能をしっかり理解する
導入するERPの標準機能を正しく理解できていないと、業務プロセスを的確にFitさせていけません。実際にERPを活用する現場ユーザーと、ERPの導入を技術的に主導するIT部門、ERPを提供するベンダー企業の3者間で緊密にコミュニケーションを取っていく必要があります。
既存の業務を可能な限りシンプルにする
業務がシステムにFitしやすいように、既存業務をシンプル化するのも重要なポイントです。自社独自の複雑なシステムを構築している場合、ERPが搭載する標準機能とは適合しない可能性が高くなります。業務プロセスをシステムに合わせて最適化すれば、効率化によるさまざまなメリットが期待できるでしょう。
Fit to Standardはあくまで手段であり、目的ではない
Fit to Standardはあくまで目的を達成するための手段です。自社の成果向上やDX化を実現するには、長期的な視点で自社にとって最適な判断を行わなければなりません。メリットの最大化を目指して、多角的な観点からプロジェクトの推進に取り組んでいきましょう。
スムーズな移行に成功したウーブン・プラネットの事例
トヨタ自動車の子会社である「ウーブン・プラネット」は、次世代自動車ビジネスの事業基盤を担うといわれている企業です。同社は、社名変更に伴う新体制の移行実施に向けて、わずか2ヵ月という限られた期間でERPを刷新させました。スピード導入を実現させるために、ウーブン・プラネットが採用したのはFit to Standardです。新たなシステムとして「Oracle Fusion Cloud ERP」を選定し、ベンダーと緊密な連携を図りながら急ピッチでERP導入プロジェクトを進めていきました。
Fit To Standardの意識を高めるために、自社のメンバー間で「Fit To Standard」を合言葉にしながら、システム導入における最優先事項とは何かという認識を常に共有するよう心掛けていたようです。その結果、通常であれば半年以上を要するERP移行をたった2ヵ月の短期間で完了させ、新体制に移行した直後もスムーズに業務を開始させています。
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まとめ
ERPシステムに合わせて業務を変革するFit to Standardは、基幹システムの刷新に有用性の高い手法です。DX推進が後れていると指摘される日本の企業にとって、レガシーシステムからの脱却は急務となっています。これまでの考えとは異なるFit to Standardの視点で既存業務を見直すとともに、最新のICT技術を積極的に取り入れながら、データ活用に基づいたビジネス戦略で企業の成長を実現させましょう。
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