変化の加速する現代市場において、企業が競争優位性を確立するためには、既存の枠にとらわれない柔軟かつ創造的な思考が求められます。そこで重要となるのが、「バックキャスティング」と呼ばれる思考法です。本記事では、バックキャスティングの概要やフォアキャスティングとの違い、具体的な実施プロセスなどについて解説します。
バックキャスティングとは
「バックキャスティング(Backcasting)」とは、現在を起点として未来を考えるのではなく、未来のあるべき姿を起点として課題に対する解決策を考える思考法を指します。単純に未来の姿から逆算するのではなく、起点となる未来のビジョンを明確かつ鮮明に描き、そのゴールへと至る道筋や施策を考えるアプローチがバックキャスティングです。
バックキャスティングに基づく思考法として挙げられるのが「SDGs」です。SDGsは2015年にニューヨーク国連本部で開催されたサミットにて掲げられた国際社会共通の目標であり、その本質的な目的は「持続可能な開発」という点にあります。この世界から戦争や貧困をなくし、すべての人々が平和で豊かな暮らしを享受できる社会を構築すべく、「持続可能な開発」というあるべき姿を起点として「17の目標」と「169のターゲット」によって構成されています。
このSDGsのように現在の延長線上に現実的な施策を講じるのではなく、既存のアプローチでは到底到達できないであろう壮大な目標に対し、中長期的な計画を立案・策定する際に用いられる思考法がバックキャスティングです。この思考法は絶対的な正解が存在しない課題や不確実性の高いテーマに対する解決策を探るのに適した思考法といえるでしょう。
バックキャスティングの始まり
バックキャスティングは、1970年代に環境問題やエネルギー政策において提唱された概念といわれています。18世紀半ばから19世紀にかけて石炭を動力源とする蒸気機関が誕生し、生産の中心が農業から工業へと移行しました。19世紀後半になると石油と電力が動力源となり、文明の進歩・発展に伴って地球規模で開発が加速します。
20世紀半ばになると地球規模の環境破壊が無視できない問題となり、国際的に環境問題へと取り組む動きが生まれました。そのとき、環境問題に警鐘を鳴らす科学者たちが提唱したのがバックキャスティングです。文明の発展と環境の健全化を両立するために、まず地球のあるべき姿をビジョンとして描き、その理想を実現するための対策を講じるという発想が始まりといわれています。
フォアキャスティングとの違い
フォアキャスティングはバックキャスティングと対をなす思考法であり、現在を起点として未来を予測する方法です。現在と過去のデータに重点を置き、現状を起点として実現可能な施策を講じることで目標を達成するアプローチといえます。バックキャスティングとは対照的に、短期的な目標の実現や課題解決に適した思考法です。
[RELATED_POSTS]バックキャスティングのメリット
ここでは、バックキャスティングの具体的なメリットについて見ていきましょう。主なメリットとして挙げられるのは以下の2点です。
- 明確な正解が不明なテーマに対してアプローチしやすい
- 新しい発想により高い成果を創出できる可能性がある
明確な正解が不明なテーマに対してアプローチしやすい
バックキャスティングは未来の理想像やあり方をベースとするため、現在を起点とするフォアキャスティングでは想定できない大きなビジョンを描けます。フォアキャスティングで想定される未来像は現状の延長線上でしかなく、望ましいものであるとは限りません。理想的なビジョンを起点とするバックキャスティングは、SDGsのように壮大で不確実性が高く、なおかつ明確な正解が存在しないテーマに対してアプローチしやすい思考法といえます。
新しい発想により高い成果を創出できる可能性がある
バックキャスティングに基づく思考法で重要となるのが、既存のフレームワークにとらわれない創造的な発想です。現状とは無関係な未来のあるべき姿を起点とすることで、まったく新しい解決策や戦略を創出できる可能性が高まります。思い描く壮大なビジョンや大きな目標に具体的な行動が伴うことで、その実現へ至る可能性が向上します。
バックキャスティングのデメリット
バックキャスティングは、既存の枠にとらわれることなく自由で創造的な発想を用いるがゆえに、実現不可能な目標を設定しかねません。あまりにも現実離れした目標設定は、実現への足枷となってしまい、計画が頓挫する可能性があるため注意が必要です。また、基本的に現状や過去を考慮しないことから、短期的な計画の立案・策定には向かない点もデメリットといえます。
バックキャスティングの実施手順
ここからは、バックキャスティングの実施プロセスについて解説します。具体的な実施手順としては、まず未来像を思い描いて課題を確認し、必要なアクションを設定して時間軸に基づいて整理するというプロセスに沿って展開します。一つひとつのプロセスについて具体的に見ていきましょう。
- あるべき未来の姿を設定する
- 設定した未来を踏まえた課題を網羅的に確認する
- 目標達成のためのアクションを設定する
- アクションを時間軸に沿って整理する
あるべき未来の姿を設定する
バックキャスティングで最も重要な課題となるのが、あるべき未来の姿を設定するプロセスです。先述したように、あまりにも現実離れした目標設定は実現への足枷となるものの、実現の可能性を考慮しないことで革新的なアイディアを生み出す可能性が高まります。市場や社会の総体的な動向を考慮しつつ理想の未来に焦点を当て、現在のリソースや過去にとらわれることのない創造的な発想が求められます。
設定した未来を踏まえた課題を網羅的に確認する
未来のあるべき姿を設定できたなら、次はその理想とするビジョンを実現できていない要因を探るプロセスです。理想と現状のギャップを認識することで、何が足りないのか、どのような施策が必要なのか、次に必要なアクションは何かといった要素を可視化できます。未来の姿が定まったなら、その目標が実現できていない理由を列挙し、未来のあるべき姿とのギャップを埋めるために考えられる可能性をすべて洗い出す必要があります。
目標達成のためのアクションを設定する
理想とするビジョンを実現するための具体的なアクションを挙げ、「System(仕組み)」「Value(価値)」「Technology(技術)」のカテゴリに分類します。「System(仕組み)」は事業形態や社会制度、「Value(価値)」はマインドセットや個人の意識、「Technology(技術)」は情報機器やアプリケーションなどを指します。ゴールへ到達するために必要な行動を具体化し、これら3つの要素において何が必要なのかを明確に把握することが大切です。
アクションを時間軸に沿って整理する
あるべき姿とその実現に至る課題、そして具体的な行動が定まったなら、次はアクションを時間軸に沿って整理するプロセスです。アクションを時間軸に沿って整理することで、必要な行動の過不足が明確になり、バックキャスティングマップが完成します。作成されたマップを道しるべとして一つひとつのアクションを実行することで、理想とするビジョンの実現へと確実に近づいていくでしょう。
バックキャスティングの事例
バックキャスティングの事例として「2050 日本低炭素社会シナリオ」をご紹介します。「2050 日本低炭素社会シナリオ」とは、国立環境研究所・京都大学・立命館大学・みずほ情報総研が中心となって作成された環境問題の成果報告書です。現在、二酸化炭素など温室効果ガスの影響によって地球の気温が上昇し続けているとの見方が主流となっており、現状のままでは人類の存続を脅かす可能性があると予測され、予断を許さない状況となっています。
引用元:2050 日本低炭素社会シナリオ:温室効果ガス 70%削減可能性検討
「2050 日本低炭素社会シナリオ」では、2050年における日本社会の未来像を描き、想定したビジョンにおけるCO2排出量を導出し、その実現に至る道筋をバックキャスティングによって明確化しています。低炭素社会を実現するために、どの時期に、どのようなやり方で、どのようなシステムを導入すべきかといった施策が「12の方策」として提示されます。
まとめ
バックキャスティングは、現在を起点として未来を考えるのではなく、未来の理想像を起点として解決策を考える思考法です。現在や過去にとらわれることなく、実現の可能性を考慮しないことで創造的なアイディアを生み出す可能性が高まります。あまりにも現実離れした目標設定は実現への足枷となる可能性を孕んでいます。しかし、絶対的な正解が存在せず、不確実性の高いテーマに対する解決策を求められるこれからの時代に適した思考法といえるでしょう。
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- 経営/業績管理
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- フォアキャスティング