事業を展開する上で重要な経営課題のひとつはリスクの最小化であり、そのためには正確な売上予測や高精度な需要予測が求められます。そこで重要な役割を担うのが、「フォーキャスト」と呼ばれる思考法です。本記事では、フォーキャストの重要性や目的について解説するとともに、具体的なプロセスや予測精度を高める方法をご紹介します。
フォーキャストとは
「フォーキャスト(英:Forecast)」とは、英語で「予想」や「見込み」を意味する概念です。課題や目標に対し、現在を起点として未来を予測する思考法のことでもあり、ビジネスの領域では業績目標の着地予測に用いられる経営管理手法を「フォーキャスト管理」と呼びます。
売上予測や生産計画、需要予測などから具体的な業績目標を定め、現状を起点として実現可能な施策を講じ、その予測と目標の乖離を最小化することがフォーキャスト管理の目的です。業績目標の着地見込みを高い精度で予測し、予測と目標の差異を分析して適切な対策を検討することで、勘や経験といった曖昧な要素に依存しないロジカルな経営判断が可能となります。
フォーキャストの重要性
企業とは、製品やサービスの創出を通じて市場に付加価値を提供し、その対価として利益を獲得することで発展していく組織です。したがって、企業が持続的に発展していくためには利益の最大化を推進するだけでなく、いかにして事業活動におけるリスクとコストを最小化するかが経営上の課題となります。事業活動で起こり得るリスクや利益を圧迫するコストを最小化するためには、定量的なデータ分析に基づく売上予測や予算計画、生産計画、需要予測などの実施が不可欠です。
たとえば、売上予測を見誤れば資金繰りや返済計画に大幅な狂いが生じ、キャッシュフローの悪化を招く要因となりかねません。また、曖昧な生産計画は在庫過多による棚卸評価損や、過少在庫に伴う販売機会の損失につながります。こうした不確実性を排除するためには、予測した結果と目標の達成度合いの乖離を最小化する経営管理手法が必要です。その役割を担うのが、業績目標の着地予測を高精度化するフォーキャスト管理であり、安定的な経営基盤の構築を推奨する上で欠かせない経営管理手法となります。
[RELATED_POSTS]バックキャストとの違い
「バックキャスト(英:Backcast)」はフォーキャストの対となる概念であり、未来のあるべき姿を起点として、課題や目標に向けた対策を考える思考法を指します。フォーキャストが現在を起点とするのに対し、バックキャストは未来の姿から逆算的に思考プロセスを辿る点が大きな特徴です。それぞれに一長一短がありますが、フォーキャストは短期的な目標達成や経営課題の解決に向く手法で、バックキャストは中長期的な戦略の立案や経営ビジョンの策定といった領域を得意とします。
具体的には、フォーキャストは現在と過去のデータに重点を置き、現状を起点として先に課題を定義した上で、売上予測や需要予測を推進するアプローチです。それに対して、バックキャストは理想像や在り方のビジョンを描き、望ましい未来の姿を定義した上で、その実現へと至る中長期的な計画を立案・策定します。
バックキャスティングは自由な発想を用いるがゆえに実現不可能な目標を設定する可能性があり、フォーキャストは望ましい未来像については考慮されていませんが、地に足のついた堅実な計画の立案・策定に適しています。
フォーキャストの目的
フォーキャスト管理を実施する目的のひとつは「経営基盤の安定化」です。現代はテクノロジーの進歩・発展とともに企業を取り巻く環境の変化が加速しており、市場の競争性は激化の一途を辿っています。このような時代において、経営基盤を安定させるためには、業務プロセスのデジタルシフトや定量的なデータ分析に基づく在庫管理、見込み客の需要を的確に捉えた製品開発、人材のパフォーマンスを最大化する人員配置といった施策が必要です。
こうした施策を推進するためには、自社の経営状況や財務状況を俯瞰的な視点から分析し、現状と目標達成の間にあるギャップを可能な限り最小化しなくてはなりません。フォーキャスト管理の実践によって目標と実績の差異を可視化できれば、誤発注や過剰在庫などの削減に寄与することはもちろん、業績目標の達成に向けた軌道修正が比較的容易となります。自社を取り巻く環境の変化に対して、柔軟に対応できる組織体制が整備され、新しい時代に即した付加価値の創出や経営基盤の安定化につながります。
フォーキャストの流れ・プロセス
フォーキャストの具体的な流れとしては、「実績データの分析」「着地予測の設定」「ギャップの可視化」「戦略の立案・策定」という4つのプロセスを段階的に踏破していきます。営業パイプラインから売上予測にフォーキャスト管理を活用するのであれば、アプローチ数や商談化率、受注率といった実績データの分析がファーストステップです。そして、実績データを現時点での確定的なデータと未確定のデータに分解し、本年度に見込める売上高の着地予測を設定します。
たとえば、売上予測は「売上予測=前年度の売上高×年間平均成長率」という数式で算出可能です。前々年度の売上高が3,000万円で、前年度の売上高が3,300万円であれば成長率は10%となり、本年度は約3,630万円が売上高の着地予測となります。
次に、確定的な売上と着地予測のギャップを可視化し、トレンドの変化や季節性などを考慮しつつ、課題解決に向けた具体的な戦略を立案・策定します。商談の受注確度は常に変化するため、案件の進捗状況を定期的に確認し、目標の未達が懸念される場合は早期対応に努めることが大切です。
フォーキャストに必要なデータとは
フォーキャストは現在を起点として帰納法的思考で未来を予測する手法のため、前提となるデータの質と量が非常に重要です。売上予測にフォーキャストを用いるのであれば、過去の売上やコスト比率、アプローチ数、商談数、受注単価、コンバージョン率、サービスの更新率と解約率、成約に至る平均リードタイムといったデータの収集・蓄積が求められます。こうしたデータの質と量が売上予測の精度を大きく左右します。さらに、こうした顧客に関する営業データを確保するだけでなく、自社の営業チームや営業担当者の成約率を定量的に把握するプロセスも必要です。
営業活動の成約率は「成約率=成約件数÷全体の案件数」という数式で求められ、たとえば10件の商談に対して2件の成約を獲得した場合の成約率は20%となります。期初にある営業パイプラインの合計金額が5,000万円で、営業チームの平均成約率が30%の場合、約1,500万円が見込み売上の着地予測です。ただし、この予測モデルは営業成約率の確率論に基づいたものであり、正確な売上予測は算出できません。
また、企業の組織規模や事業形態によって必要なデータがそれぞれ異なるため、自社の経営体制に適した精密なデータをいかに多く収集するかが、フォーキャストの重要課題となります。
フォーキャストの方法について
フォーキャストを用いたシミュレーションは、大きく分けると2つの手法が存在します。ひとつ目は「過去の売上データからシミュレーションを立てる方法」で、2つ目は「営業ファネルからシミュレーションを立てる」という方向性です。
過去の売上データからシミュレーションを立てる
前年度や前期、あるいは先月といった過去の売上データに基づいてシミュレーションを実行します。先述したように、売上予測は「売上予測=前年度の売上高×年間平均成長率」という数式を用いて算出されるのが一般的です。そして、この数式に新規顧客の獲得率やサービスの更新率・解約率などを加味することで、より精度の高い売上予測を立てられます。
たとえば、飲食事業を展開する企業であれば、「売上=客単価×客席数×客席稼働率×回転率」という数式で1店舗あたりの売上を算出可能です。ランチタイムの客単価が1,000円、客席数は30席、客席稼働率が75%、回転率は2.5回転と仮定した場合、売上予測は56,250円となります。同様にディナータイムも計算することで1日あたりの売上が算出され、さらに過去の売上データに基づくシミュレーションを行うことで、本年度や今期の売上予測が可能です。
また、飲食事業のように土日や祝日、季節性といった要素に売上が大きく左右される業界は、年間を通して継続的にデータを収集・蓄積することで売上予測の精度が高まります。
営業ファネルからシミュレーションを立てる
「ファネル(英:Funnel)」とは「漏斗」と和訳される概念で、「潜在顧客」→「見込み客」→「顧客」→「ロイヤルカスタマー」という潜在顧客がロイヤルカスタマーへと変遷していくプロセスを「営業ファネル」と呼びます。過去の営業ファネルに基づく売上予測を立てる際は、営業ファネルの段階順に計算していくのが一般的です。
たとえば、前年度のWebサイトは月間1万PVでリード獲得率が1%、そこからアポイントメントの獲得率が80%、デモンストレーションの実施率が75%、クロージング率が35%で受注率が70%だと仮定します。この場合、「10,000(Webサイトの月間PV)×0.01(リード獲得率)=100」となり、1ヶ月あたりの獲得リード数は100人と予測が立てられます。そして、100人の見込み客のうち80人にアポイントメントが取れ、デモンストレーションの実施に至るのは60人です。さらに21人がクロージングにつながり、最終的に受注へと至るのは15人です。
こうして算出された予測受注数と平均受注金額の積が、1ヶ月あたりの売上予測となります。また、WebサイトのPV増加率や営業担当者の成約率などを加味することで、より精度の高い売上予測を算出できます。
フォーキャストの懸念点
フォーキャスト管理は過去のデータに基づいて予測を積み上げ、現状把握や売上予測、需要予測などに寄与する経営管理手法です。また、過去のデータから予測モデルを構築することで、現状の問題や課題を客観的に把握し、その解決に必要となる具体的なアクションを定義できるというメリットがあります。
ところが、先述したように現代はテクノロジーの進歩・発展に伴って市場の変化が加速しているため、過去のデータが必ずしも参考になるとは限りません。そのため、闇雲に実践しても売上予測や需要予測が当たりづらい傾向にあります。
さらに、現在の延長線上に基づく予測モデルを構築するため、視野が狭くなりがちで消極的なアイデアを採用しかねない点もデメリットのひとつです。目標が明確化しづらく、急激な環境の変化への対応も得意ではないため、DXの推進や組織構造の抜本的な変革といった領域には適していません。したがって、フォーキャストで現実と理想の差異を着実に埋めつつ、未来のあるべき姿を起点とするバックキャストで組織の方向性を策定する、という意識が大切です。
フォーキャストの精度を高めるには
フォーキャストの精度を高めるためには、いくつか押さえるべきポイントが存在します。なかでも重要度の高い施策といえるのが、以下の5つです。
- フォーキャストの重要性を社内で共有する
- 情報更新を都度行う
- 過去の実績に基づいた目標を設定する
- KPIを明確に設定する
- 人為的な作業をなくす
フォーキャストの重要性を社内で共有する
フォーキャストの精度を高めるためには、組織に属する人材がその重要性を理解しなくてはなりません。フォーキャストを用いて予測を立てるのは1人でも、必要となるデータの精度や粒度は従業員一人ひとりの行動によって変動します。たとえば、データガバナンスが整備されていなければ、さまざまなフォーマットの情報が組織内のデータベースに散在し、データやファイルの検索性が著しく低下します。このような事態を回避するためにも、フォーキャストの重要性を従業員一人ひとりが理解し、組織全体でビジョンを共有しなくてはなりません。
情報更新を都度行う
フォーキャストに限らず、データ分析の領域で重要となるのは、情報の鮮度と精度です。フォーキャスト管理では、事業活動を通じて収集・蓄積されたデータに基づき予測を行うため、自社を取り巻く環境の大きな変化に対応しきれません。市場環境の変化や時間経過とともにデータの鮮度は落ちていくため、情報更新を都度行う必要があります。
また、組織規模の大きな企業では、部署によってデータの形式や粒度が異なる傾向にあります。そのような状況でフォーキャストを効率化するためには、情報管理におけるルールを策定し、そのルールを遵守する体制の構築が必要です。
過去の実績に基づいた目標を設定する
フォーキャスト管理は業績目標の着地見込みを予測し、その予測と目標のギャップを分析して、適切な対策を検討するための経営管理手法です。あくまでも現実的な目標を達成するための手法といえるため、過去の実績に基づく地に足のついた着地見込みを設定する必要があります。そのため、曖昧な勘や経験に頼るのではなく、前年度や前期のデータを俯瞰的な視点から分析した上で、リード獲得率や受注確度を予測することが大切です。大きなシナリオを描くのはバックキャストの領域であり、フォーキャストでは着地予測が高すぎても低すぎても不適切となります。
KPIを明確に設定する
フォーキャストの予測精度向上を目指す上で、KPI設定は非常に重要な要素です。KPIとは最終目標を達成するための道しるべとなる指標であり、目標達成に必要となる中間目標の達成度合いを指します。KPIの適切な設定により、着地見込みに至るまでのプロセスを具体的に評価・分析できるため、予測精度の向上が可能です。たとえば、今期のECサイト事業における売上高を予測する場合、オーガニック検索の増加率やリスティング広告のコンバージョン率、再訪問率や直帰率といったKPIを予測に加味することで、着地見込みの精度向上が期待できます。
人為的な作業をなくす
フォーキャスト管理を最適化するためには、優れたソリューションの戦略的な活用が欠かせません。人為的な作業による売上予測や生産計画はミスが生じやすい傾向にあるため、予測や計算の精度を高めるにはITシステムの活用が不可欠です。また、フォーキャスト管理は過去のデータに基づいて予測を積み上げるため、予測精度の向上には膨大なデータ量を必要とします。こうした分析や計算を人間の手で都度実行するのは非常に非効率的であるため、営業活動を支援する「SFA(Sales Force Automation)」や、経営資源を統合的に管理する「ERP(Enterprise Resources Planning)」のようなソリューションが求められます。
まとめ
フォーキャストとは、英語で「予想」や「見込み」を意味する概念であり、業績目標の着地予測に用いられる経営管理手法を「フォーキャスト管理」と呼びます。過去と現在のデータを起点として未来を予測し、定めた目標と着地見込みのギャップを最小化することが、フォーキャスト管理の目的です。フォーキャストを売上予測や需要予測に用いることで、業績目標の着地見込みを高い精度で予測し、勘や経験に依存しない経営判断と意思決定が可能となります。
ただし、フォーキャスト管理は現在を起点として未来を予測するため、前提となるデータの質と量が非常に重要です。また、予測精度を高めるためには膨大なデータ量を必要とするため、手作業による分析や計算ではミスが生じやすい傾向にあります。そのため、フォーキャストの予測精度を高めるには、優れたソリューションの活用が不可欠です。勘や経験に依存しないロジカルな経営体制の構築を目指す企業は、「NetSuite」のようなクラウドERPの導入を検討してみてはいかがでしょうか。
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- 経営/業績管理
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