昨今、多くの業界においてDXの必要性が叫ばれていますが、それは金融業界も例外ではありません。本記事では、金融DXの基本知識をはじめ、その実現がなぜ日本の金融業界にとって急務になっているのかを解説します。また金融DXを妨げる問題点や、その改善策などについても紹介しますので、現在の金融業界におけるDXの動向に関心がある方はぜひご参考にしてください。
金融業界における「DX」とは何か?
そもそもDXとはどのような意味なのでしょうか。ここではまずDXの意味を説明するとともに、金融業界におけるDXとは何かについて解説します。
そもそも「DX」の意味とは
DXとは「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の略で、日本語では「デジタル技術による変革」と訳されます。DXはデジタル技術の活用を通して、人間の生活や社会をより良くしていく概念のことです。さらに経済産業省では2019年に発表した「「DX 推進指標」とそのガイダンス」の中で、DXの定義として以下のように具体的かつ明確に示しています。
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること
つまり、DXとは既存の業務を単にデジタルツールを使って効率化するのでなく、データとデジタル技術を活用してビジネスモデルを変革し、競争力の優位性を保つことを意味します。
金融業界におけるDXが指すもの
金融業界におけるDXとは、金融に関係するサービスや業務のデジタル化を進め、業務改革を図る取り組みのことです。
現在、多くの大手銀行では銀行口座の管理や振り込み、資産運用などの手続きをスマホアプリで行えるサービスを展開しています。もはや使い慣れてしまっているユーザーも多いかもしれませんが、これも「銀行のサービスは窓口やATMで行うもの」という既存の思い込みを打破したDXの一例と言える取り組みです。
とはいえ、現代のデジタル技術の進歩はまさに急激に進んでおり、銀行をはじめとする金融業界がその進化のスピードに追い付けているかと言えば、そこには疑問符が付くでしょう。実際、後述するように金融業界には「レガシーシステム」などの問題も根強く、経営・業務の効率化、内部改革、チャネル戦略の練り直しなど、まだまだデジタル技術による改善が見込まれる問題が散在しています。
こうした諸々の課題を迅速に解決するためにも、金融業界ではDXの取り組みをより強化する必要があります。
金融業界でDX化が求められる理由
金融業界でDX化が求められる理由には、「2025年の崖」「ビッグ・テック」「デジタルネイティブ世代」の3つが深く関わっています。
「2025年の崖」に立ち向かうため
金融DXが必要な第一の理由は「2025年の崖」に立ち向かうためです。以下では、この象徴的なキーワードが何を意味するのかを解説します。
経済産業省発のキーワード「2025年の崖」とは
「2025年の崖」とは経済産業省が2018年に公表した「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」で登場した言葉です。この「DXレポート」にはデジタル活用の遅れが招く国内企業および日本経済へのリスクと、それに対応するためのDXの必要性が説かれています。
この資料によると、国内企業の利用している基幹系システムの約6割が2025年までに稼働21年以上に達する見込みです。こうした古いシステムはメンテナンスコストの増大や最新技術への対応のしにくさを招き、IT負債として企業経営を圧迫します。
そしてこれらの問題が解決されない場合、2025年以降に年間最大12兆円、現在の約3倍もの経済損失が生じるというのが「2025年の崖」です。
金融業界と「2025年の崖」
金融業界にとってもこの「2025年の崖」は無縁ではありません。というのも、金融業界には老朽化したシステムが蔓延しているからです。実際、先ほどの「DXレポート」によると、金融業界のほとんどが何らかの老朽システムを抱えていると報告されています。その内約を見ると、「半分程度が老朽システムである」、「ほとんどが老朽システムである」と答えた割合は両者とも28.6%で、約6割の企業が古いシステムへの依存度が高い状態です。
長く稼働しているシステムは、構造が複雑化していることが多く、専門家でもその全体像を正しく把握することが困難です。とりわけ、何十年も稼働しているシステムであれば、当時のシステム担当者も高齢化しており、彼らの退職などに伴って、管理できる人材は年々少なくなっていきます。このような状態だと、システムを管理するコストや時間はどんどん重くなっていき、システム障害などのセキュリティリスクの増大も避けられません。
特に顧客の大事な資産を預かる金融業界にとって、こうした古いシステムの刷新は喫緊の課題と言えます。
ビッグ・テックの金融業界参入に対抗するため
金融業界へ参入してくるビッグ・テックへの対抗もDXが求められる理由です。以下では、金融業界に降りかかるこの脅威の概要を解説します。
ビッグ・テック(テックジャイアント)とは
ビッグ・テックまたはテックジャイアントとは、GoogleやAppleのような巨大IT資本のことです。現代のデジタル社会では、程度の差こそあれ多くの業界がデジタル技術と関係しています。
このような状況において、ビッグ・テックは、単に他企業へ自社の技術やシステムを売り込むだけでは満足しなくなっています。今やビッグ・テックは、巨大な資本や高いデジタル技術を背景に、自らさまざまな業界へ新規参入する動きを見せています。
ビッグ・テックが金融業界に参入の動き
金融業界もまた、近年ビッグ・テックが新規参入する動きを見せている業界のひとつです。たとえば、Appleはすでに自社のクレジットカードやApple Payなどのキャッシュレスサービスを展開し、その足掛かりを着実につくっています。
ビッグ・テックは日本でも知名度が高く、そのサービスを通して親しみを持っている人も少なくありません。その意味では、彼らはすでに大量の見込み顧客を抱えていると言ってもいいでしょう。自社の事業を通して膨大な個人データを持ち、データ分析を含む高いデジタル技術を持ったビッグ・テックが本格的に金融業界に参入してきたとき、それに対抗もしくは共存できる手段を持っていなければ、既存顧客の流出は避けられません。
デジタルネイティブ世代に対応するため
デジタルネイティブ世代への対応も、金融DXが求められている理由です。デジタルネイティブ世代とは、一般に1990年代後半に生まれてきた世代を指します。
物心が付いた頃にはインターネットサービスがすでに普及していたこの世代にとって、デジタル化されたサービスは「あって当たり前のもの」です。逆に言えば、基本的なサービスすらデジタル化されていないとしたら、彼らの視点からすると、その企業は平均以下の「遅れている企業」とみなされるおそれがあります。
こうした負のイメージは、新規顧客を獲得する上でも、自社に新しい人材を採用する上でも大きな足かせになりかねません。今後、デジタルネイティブ世代がメイン顧客層になっていくにつれ、デジタル化に対応できているか否かが企業経営の成否を握る比重はますます大きくなってくるでしょう。
「2025年の崖」「ビッグ・テックへの対抗」「デジタルネイティブ世代への対応」は、どれひとつとして軽視できる問題ではありません。上記のような事情から、今の日本の金融業界ではDXが急務となっています。
日本の金融DX推進における問題点
日本において金融DXがなかなか進まないのは、「レガシーシステムの存在」と「DX人材の不足」の2つが主な原因として考えられます。ここでは、この2つの問題点を取り上げ、それぞれの内容を解説します。
レガシーシステムが新しいシステムの邪魔をしている
金融DXの推進を阻害する大きな要因がレガシーシステムの存在です。以下では、レガシーシステムの意味と、その問題点について解説します。
レガシーシステムとは
レガシーシステムとは簡単に言うと、老朽化したシステムを意味します。長期間稼働し続けてきたレガシーシステムは、事業展開などに応じて何度もカスタマイズが繰り返されているのが通例です。
この繰り返しのカスタマイズや、古い技術に基づいて設計されたシステム基盤は、時代にそぐわないシステムとして、現代の企業のデジタル活用を阻害する要因になっています。先に「2025年の崖」の話をしましたが、これもレガシーシステムの関係するところが大きい問題と捉えられるでしょう。
なぜレガシーシステムが問題になっているのか
ここまでも軽く触れてきましたが、改めて整理するとレガシーシステムの問題点は以下の通りです。
場当たり的なアップデートによって構造が複雑化している
レガシーシステムは繰り返しのアップデートによって構造が複雑化し、それが基本的な保守管理業務さえ難しくしています。銀行が使っているような巨大なシステムはただでさえ、全体像の把握が難しいのに、そこに変更や追加が捻じ込んであるので、余計に見通しが悪くなっている状態です。
こうなるとシステム構造は技術者から見てもブラックボックス化が進んでおり、どこをいじるとどのような影響が出るのかも分かりにくく、改善しづらいとされています。結果、管理負担は増大し、貴重なIT人材をいたずらに浪費する結果になっています。
新しいシステムに対応できない
基本的に古い技術で構築されたレガシーシステムは、新しいシステムに対応できないのも問題です。たとえば、システムが今では一般的でないプログラミング言語でつくられていた場合、最新の技術をそこに対応させるのはかなり難しくなります。そもそもシステムは開発当時の技術環境に合わせてつくられているので、20年後、30年後の最新技術と互換性を持たせようとすること自体、かなり過大な要求です。
また、約20年前のWindows OSは「Windows 2000」ですが、このOS上で現代のAIやIoTなどの最新テクノロジーを駆使しようとすることもほぼ不可能です。レガシーシステムは、このように最新のセキュリティ基準を満たすことも難しいため、サイバー犯罪者にとって格好の標的になるおそれもあります。
DX推進に必要なITに長けた人材が足りない
DX推進に必要なIT人材が不足しがちなことも金融DXが進まない大きな理由です。金融DXを実現するには、金融業務と最新のデジタル技術の双方に精通した人材が欠かせません。というのも、DXを実施する際には、自社のビジネスや業務への深い理解に基づいて、最適化されたテクノロジーを導入する必要があるからです。
しかし、現代の人材市場において、IT人材は国内外問わず不足しがちです。特に日本のIT人材は、ITベンダーに集中しているので、金融業界の実態に精通した上でDXを実施できる人材は相当に貴重であると考えられます。かといって、自社でこの条件を満たす人材を育てるには長い時間を要します。もしもすでにレガシーシステムを抱えている場合は、自社に所属する既存のIT人材もその維持に追われていることが多いでしょう。
このように、DXへの必要性を意識しようにも、それを実現できる人材の確保が困難であることが日本の金融DXを妨げています。
日本の金融DX推進のために必要なこと
最後に、日本の金融DXを推進していくために必要なことを解説します。短期的な解決が難しい問題もありますが、地道に前進していくことが大切です。
高い技術力を持つIT人材を確保する
まず必要になるのが、金融DXを可能にする高い技術力を持ったIT人材を確保することです。外部から十分な人材を引っ張ってくるのが難しい場合は、長期的な視点が必要になりますが、自社内で育成することも検討の価値があります。
いずれにしても重要なのは、IT関連の業務に関して社外のベンダー企業に依存しきっている体制を脱することです。もちろん、まったく頼りにするなというわけではありませんが、最低でも自社の望む金融DXに必要なテクノロジーやシステム要件などについて、ベンダー企業と的確に意見交換し合えるだけの素養を自社内に構築する必要はあるでしょう。
利用者のITリテラシーを高める働きかけをする
利用者側のITリテラシーを高めることも重要です。銀行をはじめとした金融システムは、利用者の年代が広いため、ITリテラシーにもバラつきが見られます。
いくら最新の技術を駆使して金融DXを実施しても、そのサービスを活用できない利用者が多いようでは、競合他社に対してビジネス上の優位性を獲得するのは困難です。DXは時代の変化に対応して継続していく必要がありますので、ITリテラシーの低い利用者も取りこぼさずにサービスを提供できるような経営戦略を考えることが重要です。
クラウドシステムの導入を検討する
レガシーシステムからの脱却と併せて、クラウドシステムの導入を進めることも検討したほうがいいでしょう。銀行業界ではセキュリティ面の懸念から、クラウドシステムの導入に懐疑的な企業が多く、導入が遅れているのが現状です。
しかし昨今では、「ゼロトラストセキュリティ」をはじめ、クラウド環境に最適なセキュリティの整備も進んでいます。今後、最新システムを導入するにしても、それがオンプレミスベースだと、将来的な拡張性の面で不安があり、結局レガシーシステム化していくことも懸念されます。クラウドシステムならば、最新の技術やデータ量の増大などに応じて柔軟に運用できるので、さらにデジタル技術が発展していっても対応でき、継続的に金融DXに取り組みやすくなるでしょう。
まとめ
現在の金融業界は「2025年の崖」「ビッグ・テックの新規参入」「デジタルネイティブ世代への対応」など、大きな課題に直面しています。こうした課題を放置したままでいると、今後ますます激しくなっていくであろうデジタル競争から置き去りにされてしまうかもしれません。これらの課題に対応するには、現状の問題点とDXの必要性を理解し、「金融DXを推進できるIT人材の確保」「レガシーシステムからの脱却」「クラウドシステムの導入」などの思い切った施策に取り組むことが急務です。
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- カテゴリ:
- DX/クラウドコンピューティング
- キーワード:
- 2025年の崖