M&Aや経営の多角化・グローバル化による日本企業のグループ化の流れを受け、2019年6月、経済産業省は「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」を策定しました。本記事では、100ページ以上に及ぶガイドラインを、各章ごとにわかりやすく解説します。
ガイドラインの目的と対象
「『日本再興戦略』改訂2014」以降のコーポレートガバナンス議論は、海外におけるM&Aをはじめとした「攻め」のガバナンスが中心でした。しかし、昨今の子会社不祥事問題の影響もあり、近年では「守り」のガバナンスが重要だと叫ばれています。
上記の問題意識を背景に、経産省は「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」を策定しました。このガイドラインは、政府がグループガバナンスの問題に初めて取り組んだ注目の指針です。グループガイドラインの1章では主に、ガイドラインの目的と対象、ガイドラインの位置づけが説明されています。
ガイドラインの目的は、上場企業を中心とする企業グループを対象に、グループ単位で中長期的に企業価値を向上させることと、持続的成長を促すことです。具体的には、「攻め」「守り」の両面からガバナンス機能させる手法や、事業ポートフォリオを最適化する考え方など、実効的なグループガバナンスの在り方や行動(ベストプラクティス)を示しています。
グループ設計の在り方
大企業では、社内の派閥争いなどで、組織の一員である意識が希薄になるケースも少なくありません。派閥争いの経緯として、「日本企業は分社化やM&Aの影響で、グループとしての経営方針や戦略論が不在のままグループ経営がされているのではないか」との指摘があります。
そこで2章では、グループ設計の在り方について論じています。ここでは、グループ設計の基本的な考え方、本社の役割を抜粋して紹介します。
グループ経営するうえでの基本的な考え方
一般的に、グループ経営の本質は、グループとして企業価値を向上させることです。そこで、グループ本社には、各法人の企業価値(あるいは各事業部門の事業価値)の単純合計を超える企業価値を実現すべく、グループ全体でのシナジーを最大化することが期待されます。
シナジーには、様々なものが含まれますが、一般的には、「財務的シナジー(余剰資金の活用、節税など)」「事業的シナジー(技術活用による価値の創造など)」の2つがあります。シナジーの最適な組み合わせは、事業範囲(多角化度)や事業部門間の事業的関連性の程度など、企業により異なります。ポイントは、どちらを重視するか明確にすることと、その方針に合わせたグループ設計やガバナンスを実行することです。
グループ経営するうえでの本社の役割
上記の点を踏まえ、本社は、「グループのトップとしてシナジーが最大化できるよう、戦略を立て実行すること」「グループとして最大限の効果を発揮するため、共通インフラを整備し提供すること」が求められます。具体的には、以下の6つが期待されています。
- グループ全体の企業理念、経営方針、中期経営計画を決め、グループ各社へ普及
- グループの顔として、PR活動やIR活動
- 経営資源の調達や借り入れや事業評価と予算配分、くわえて、人材の採用、計画的な育成・評価・配置など
- 事業ポートフォリオ戦略の策定と実行
- グループの内部統制システム構築と運
- 事業部門間のシナジー実現、新規事業創出
事業ポートフォリオマネジメントの在り方
グループガイドラインの3章は、事業ポートフォリオマネジメントについてです。事業ポートフォリオは、ビジネスシーンでは「事業の組み合わせ」「事業の一覧」などと呼ばれます。主な内容は、事業ポートフォリオマネジメントの現状と課題、基本的な考え方、仕組みの構築や基盤整備についての3つです。
現状と課題
現状、大規模な多角化企業の収益性を比較すると、日本企業は欧米企業に大きく劣ります。その要因の一つとして、「資本コストに見合わない低収益事業を抱え続けているために、コア事業に十分なリソースを集中できていないのではないか」と指摘されています。こうした点から、日本企業においては、ノンコア事業からの撤退を含め、資本コストを意識した事業ポートフォリオの最適化が大きな課題です。
事業ポートフォリオマネジメントの基本的な考え方
グループ本社は、グループ全体での事業ポートフォリオに関して、事業部門を超えたシナジー発揮を図り、資本コストを踏まえた相応の収益を持続的に上げられるように努めます。また事業ポートフォリオは定期的に見直しを行い、最適化を図るための積極的なマネジメントを行うべきでしょう。
マネジメントのための仕組み構築や基盤整備について解説
事業ポートフォリオマネジメントを継続的に実施するには、本社が中心となり、事業ポートフォリオマネジメントの仕組み作りをします。一例として、M&Aを含めた新規投資に関する基準や、事業評価の時間軸、不採算部門からの撤退やノンコア事業の切り出し基準の明確化が挙げられます。
また、グループ本社には、実効的な事業ポートフォリオマネジメントを行うための基盤として、事業セグメントごとの、貸借対照表(BS)やキャッシュフロー計算書などの整備が求められます。
内部統制システムの在り方
従来内部統制システムは、コンプライアンスの遵守や不正防止が目的でした。しかし、昨今の国際的な議論においては、企業不祥事の防止のみならず、業務の有効性や効率性の確保も含む、リスク管理の枠組として捉えられています。グループガイドラインでもこの流れを汲んで、従来内部統制システムについて、事業戦略を確実に行うために必要な仕組みだと考えられているのです。
グループガイドラインの4章は、内部統制システムについて総合的に説明されています。以下では、内部統制システムの基本的な考え方と、内部監査の効率化について抜粋して紹介します。
内部統制システムの基本的な考え方
親会社の取締役会はグループ全体の内部統制システムの構築に関する基本方針を決定し、法人単位・グループ単位での内部統制システムを構築・運用すべきです。基本的には、「子会社ごとに体制を整え、それを親会社が監督する」「親会社・子会社一体となって体制を整える」の2 つのパターンが考えられます。子会社側の体制・リソースに応じて、どちらか一方、あるいは双方を組み合わせて実行します。
IT を活用した内部監査の効率化
内部監査の効率性と精度を向上させるため、IT やCAAT(Computer Assisted Audit Techniques)など、データアナリティクスを活用した内部監査の実施の検討が推奨されています。例えば、経理情報におけるグループ内のデータインフラの一元化などです。
子会社経営陣の指名・報酬の在り方
5章では、子会社経営における親会社の関わり方がまとめられています。主なポイントとしては、グループとしての経営陣の育成や報酬の在り方、報酬設計におけるKPI設定の考え方です。
グループとしての経営陣の育成や報酬の在り方
子会社経営陣の指名・報酬については、「グループ一体経営のための共通化・一元化」「各子会社・各地域の多様性に応じた柔軟な対応」の適切なバランスを図ることが重要です。このため、グループ本社は、グループ統一的な人事・報酬政策を明確に示したうえで、各子会社の事情に応じた最適な人事管理や報酬制度の設計を行うことが期待されます。
くわえて、グループ各社で人事情報の一元化を図ったうえで、それを活用した人材育成の仕組みを構築したり、統合的な人事管理(評価・配置など)を行ったりすることが求められます。これにより、企業が保有する人的リソースを最大限に活用でき、グループ全体から優秀な経営人材の発掘・育成が可能です。
報酬設計におけるKPI設定の考え方
グループ各社の経営陣のインセンティブ報酬の設計は、グループ全体の企業価値向上に向けて適切なインセンティブとなるよう、統一的な考えのもとに行います。インセンティブの種類ごとに、グループとしての経営戦略及び目標を実現するうえでの当該報酬の目的・位置付けを明確にし、それらに則した設計やKPIを設定しましょう。
KPI の設定については、経営陣に対する効果的なインセンティブとなるよう、個人業績が適切に反映されるものとします。さらに、投資家に対する説明責任の観点から、可能な限り外部からも達成度の検証が可能なものとしましょう。すなわち、情報開示を通じて透明性・客観性を十分に確保することが求められます。
上場子会社に関するガバナンスの在り方
2018 年時点において、東証上場企業のうち628 社(上場企業の17.2%)が支配株主を有する企業です。そのうち、親会社が上場企業である上場子会社は311 社(同8.5%)、欧米各国と比較してかなり高い水準にあります。
このような状況において、グループガイドライン6章では、上場子会社経営陣に関するガバナンス体制、経営陣の報酬の在り方を示しています。
上場子会社におけるガバナンス体制
上場子会社においても、一般投資家が自由に参入できる以上、株主の利益にも配慮が必要です。くわえて、近年、上場子会社のガバナンス問題が重要視されていることを考えれば、一般株主の利益を保護するための実効的なガバナンスの仕組みを構築することが重要です。具体的には、企業の内部から一定の独立性を有している取締役の比率を高めること(1/3 以上や過半数など)などがこれにあたります。
経営陣の報酬の在り方
上場子会社の経営陣の報酬については、上場子会社としての企業価値の向上を図る方向で適切なインセンティブが付与されるよう、上場子会社が独立した立場で検討を行うことが求められます。親会社と協議を行ったり、グループ全体の報酬ポリシーに沿って報酬額を決定したりすることは問題ありませんが、「上場子会社としての企業価値の向上への適切なインセンティブ」となっているかは確認すべきです。
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Oracle Managerial Accounting Template(OMAT)で経営管理基盤を構築
「Oracle Managerial Accounting Template(OMAT)」は、グループ経営管理業務をEPM Cloud上で実現する連結経営管理ソリューションです。グループ各社からデータを収集し、連結処理をしてレポートを作成します。
制度連結を中心に、管理連結にも対応しており、「全体的なコストを抑えたい」「一部の事業部連結をシステム化したい」などの要望に応えることも可能です。新しく経営管理基盤を導入する場合も、既存のシステムから切り替える場合も、業務の効率化に大きく貢献するでしょう。
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まとめ
日本企業におけるグループ経営が主流となるなか、グループガバナンスの在り方は今後ますますの課題となるでしょう。経産省の提示するグループガイドラインは、実例をもとに有意義とされるグループガバナンスの手法をまとめています。今回は、グループガイドラインの中心となる考えを紹介しました。より具体的な内容を知りたい方は、ぜひ「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」を参照してみてください。
また、グループ経営を行ううえで基本となるシステムを導入するなら、「Oracle Managerial Accounting Template(OMAT)」がおすすめです。ぜひ導入を検討されてみてはいかがでしょうか。
- カテゴリ:
- 経営/業績管理
- キーワード:
- 連結決算