テクノロジーの進歩とともに市場環境の変化が加速する現代では、デジタル技術の戦略的な活用が求められています。そこで重要な経営課題となるのが、ビジネスモデルや業務プロセスの総合的なデジタルシフトです。本記事では、デジタルシフトが求められている背景やDXとの違い、実現に至る具体的なステップ、実践する際の注意点などについて解説します。
デジタルシフトとは
デジタルシフトとは、マネジメントやマーケティング、営業戦略など、事業活動のさまざまな領域をIT化し、全社横断的なデジタル技術の活用を推進する取り組みを意味します。ITの導入によって業務の部分最適を図るのみならず、デジタル技術の戦略的活用によって経営体制の全体最適を図ることがデジタルシフトの目的です。具体的な施策としては、パブリッククラウドをベースとしたテレワーク環境の整備、Web上のチャネルを活用したデジタルマーケティングの推進、ビジネスモデルそのもののデジタル化などが挙げられます。
DX(デジタルトランスフォーメーション)との違い
「DX」とは「デジタル技術の浸透による変革」を意味する概念です。広義では社会環境の変革を指す概念であり、「デジタル技術の浸透が人々の生活をあらゆる面で豊かにしていく」といった意味合いの用語として定義されています。しかし、近年では経済産業省が2018年に公表した「DXレポート(※1)」の影響から、「デジタル技術の活用による経営改革」を意味する概念として浸透しています。
事業領域におけるDXの本質的な目的は、デジタル技術の活用によって経営体制に抜本的な変革をもたらし、成熟期を迎えつつある現代市場のなかで競争優位性を確立することです。デジタルシフトとDXは対象範囲と目的が異なり、「Shift」は「別のものに置き換える」といった意味合いをもち、「Transformation」は「構造の変容」を意味します。DXの実現には既存の経営体制をデジタルに置き換えるプロセスが不可欠であり、デジタルシフトの先にある経営改革を推進する取り組みがDXです。
(※1)参照元:DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~|経済産業省
デジタルシフトが注目される背景
近年、多くの企業でデジタルシフトの推進が重要な経営課題となっています。その背景は企業によってさまざまですが、主な理由として挙げられるのは以下の三点です。
国のDX推進
デジタルシフトが喫緊の経営課題となっている背景には、国によるDX推進が関係しています。経済産業省はDXレポートにおいて、現在多くの企業がレガシーシステムを抱えており、2025年までにITインフラの刷新を実現できなければ、多額の損失やセキュリティインシデントが生じると指摘しました(※2)。経済産業省では、これを「2025年の崖」として警鐘を鳴らしており、この危機を回避するためにはDX推進が必須であるとして、具体的な行動指針を「DXレポート2.2(※3)」のなかで示しています。このような背景から官民一体となってDX推進の機運が高まっており、その実現に欠かせないデジタルシフトが注目を集めています。
(※2)参照元:DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~(p.26)|経済産業省
(※3)出典元:DXレポート2.2(概要)|経済産業省
デジタル技術の進歩
20世紀後半から21世紀初頭にかけて人類史に刻まれる大きな変革「IT革命」が起こり、さまざまな分野で産業構造や業務プロセスのデジタル化が加速しました。デジタル技術は日進月歩で進歩・発展しており、いまや情報技術の活用なくしてビジネスは成り立たなくなりつつあります。テクノロジーの高度化に伴って市場の変化は年々加速しており、企業を取り巻く環境の変転に対応していくためには、旧態依然としたアナログな経営体制から脱却しなくてはなりません。そのためにはデジタル技術の戦略的活用が不可欠であり、新しい時代に即した経営体制を構築するべくデジタルシフトが重要課題となっています。
業務効率化の必要性
現代は少子高齢化の影響から生産年齢人口の減少が加速しており、さまざまな分野で人材不足が深刻化しています。事業活動に投入できる人的資源が減少するなかで、従来と同等以上の生産性を確保するためには既存業務の効率化が欠かせません。たとえば、ペーパーレス化は用紙費用や印刷コストの削減につながると同時に、書類管理に投じていたリソースの軽減に寄与します。その他にもRPAによる定型業務の自動化や、ワークフローシステムを活用した稟議の省人化など、既存の業務プロセスをデジタルシフトすることで人的資源の減少に対応しつつ生産性の向上が期待できます。
デジタルシフト実現のステップ
デジタルシフトは単なるIT化にとどまらず、その先にあるDXの実現へとつなげるための施策です。したがって、ただ最先端のデジタル技術を導入するのではなく、自社の組織体制や事業形態に適したソリューションを選定しなくてはなりません。そのためには、以下に挙げる四つのプロセスを段階的に踏破していく必要があります。
- 課題のあぶり出し
- 目的の明確化・ギャップ分析
- デジタル技術の選択
- デジタル技術の導入・運用
1. 課題のあぶり出し
既存のビジネスモデルや業務プロセスをデジタルシフトするためには、自社が抱えている経営課題を把握しなくてはなりません。現在の財務状況や人的資源の配置環境、既存システムの稼働状況、売上高の平均成長率など、自社の現状を俯瞰的かつ客観的な視点から分析し、乗り越えるべき課題を洗い出すプロセスが必要です。まずは既存の生産体制や提供しているサービスの課題を抽出し、非効率的な工程やムダな工数を要している業務プロセスのデジタル化を検討します。
2. 目的の明確化・ギャップ分析
既存の経営体制における課題や問題を抽出したなら、次はデジタルシフトを推進する目的を明確化するプロセスが必要です。目的が曖昧なままデジタルシフトを推進した結果、単なるIT化にとどまっている企業は決して少なくありません。デジタルシフトの先にあるDXを実現するためには、「As is(現状)」と「To be(理想の姿)」のギャップを分析し、その差異を埋めるために必要な戦略やリソースを具体化するプロセスが必要です。この工程を経ることにより、自社の組織体制に適したデジタル技術の選定へとつながります。
3. デジタル技術の選択
自社の経営課題を洗い出し、デジタルシフトの目的を明確化できたなら、次なるフェーズは導入するデジタル技術の選定です。たとえば、情報のサイロ化によって部門間連携の遅滞が課題となっており、営業活動の効率化を目的とするのであれば、顧客情報を統合管理するCRMや営業支援システムのSFAを導入するといった選択につながります。ただし、こうしたソリューションの選定にはマネジメントと情報技術の両軸に関する深い知識が求められるため、自社にシステムインテグレーションを担えるIT人材がいない場合は、導入支援会社に依頼するのも有効な方法です。
4. デジタル技術の導入・運用
最後は新たなソリューションを導入し、既存のビジネスモデルや業務プロセスをデジタル化する工程です。先述したように、デジタルシフトの本質的な目的はデジタル化の先にあるDXの実現であり、ソリューションの導入そのものは手段であってゴールではありません。したがって、AIやIoT、クラウドコンピューティングなどのデジタル技術を導入して終わりではなく、そこからいかにして既存の組織構造に変革をもたらし、業務効率化や新たな市場価値の創出につなげていくかが非常に重要な経営課題となります。
デジタルシフト導入のメリット
デジタルシフトの推進が組織にもたらす代表的なメリットは以下の三点です。
- 業務効率化の実現
- 人材の離職防止
- 新規事業への進出
業務効率化の実現
アナログな形式で実行していた業務をデジタル化できれば、管理業務の自動化や作業工程の省人化に寄与し、組織全体における業務効率化につながります。たとえば、ワークフローシステムの導入は「申請書の作成」→「申請書の提出」→「上長の承認」というステップを効率化し、従業員の業務負荷を大幅に軽減可能です。これにより、稟議というノンコア業務に割く人的資源を削減し、企業価値の向上に直結するコア業務により多くのリソースを投入できます。
人材の離職防止
現代は終身雇用や年功序列といった制度が崩壊しつつあり、人口減少や高齢化率の上昇と相まって、多くの分野で雇用の流動化と人材不足が加速しています。企業にとって優れた人材の確保や離職率・定着率の改善は非常に重要な経営課題です。しかし、デジタル化の潮流に乗り遅れている企業では優秀な従業員の定着は難しく、旧態依然とした経営体制では人材の流出が懸念されます。デジタルシフトの推進は従業員のエンゲージメントやロイヤルティを高め、人材の離職防止につながる一助となります。
新規事業への進出
デジタルシフトの推進は、これまでなかった新たなビジネスモデルを創出する可能性を秘めています。現代はインターネットとスマートフォンの爆発的な普及に伴って販売促進につながるチャネルも多様化しており、従来の市場には存在しなかった先進的なビジネスモデルを生み出している企業が少なくありません。デジタルシフトの推進は旧態依然としたアナログな組織構造からの脱却に寄与し、デジタル技術の活用による経営改革の実現へと近づきます。
デジタルシフトを進める上での注意点
デジタルシフトを進める際はいくつかの注意すべきポイントが存在します。なかでも重要度の高い注意点として挙げられるのが以下の三つです。
- 成果が出るまでに一定の時間がかかる
- デジタル技術導入を最終目的にしない
- 繰り返し改善を行う
成果が出るまでに一定の時間がかかる
デジタルシフトの目的はソリューションの導入そのものではなく、その一歩先にあるDXの実現です。そして、デジタルシフトとDXを同時に推進していく過程で既存の業務プロセスが大きく変化するため、デジタル化に慣れるには相応の時間を要します。したがって、短期的な結果を求めるのではなく、DXの本質的な目的を組織全体で共有しながら、中長期的な視点から段階的にデジタルシフトを浸透させていくことが大切です。
デジタル技術導入を最終目的にしない
繰り返し述べているように、デジタルシフトの目的はIT活用の先にあるDXの実現であり、デジタル技術の導入そのものは手段でしかありません。企業とは市場に付加価値を提供することで利益を獲得し、組織としての成長と発展を通じて社会に貢献することが存在意義といえます。デジタルシフトの先にあるDXもその手段であることを念頭に置き、企業としての社会的使命を果たすためにデジタル技術の戦略的活用が求められている点を忘れないことが大切です。
繰り返し改善を行う
デジタルシフトの推進は既存のビジネスモデルや業務プロセスに大きな変化をもたらす取り組みであり、その実践には相応のリスクを伴います。取り組みのすべてが成功するとは限らないため、一時的な失敗や損失を伴う可能性は否定できません。そのため、仮説と検証を繰り返しながら、「計画(Plan)」→「実行(Do)」→「評価(Check)」→「改善(Action)」のPDCAサイクルを回し続ける継続的な改善が求められます。
デジタルシフトの課題
デジタルシフトを実現するためには、デジタル技術と経営管理の両軸に精通する知見を備えた高度な人材が求められます。少子高齢化の進展や生産年齢人口の減少に伴い、国内のさまざまな分野で人材不足が叫ばれるなかで、優れたIT人材を確保するのは容易ではありません。また、大企業のように豊富な資金調達手段をもたない中小企業では、デジタルシフトの推進に必要となるコストをいかにして捻出するかという課題もあります。
さらに日本では、物事に対し慎重・保守的になりがちであるという国民的な特性があり、基本的に環境の変化を好みません。しかし、進化論を説いたチャールズ・ダーウィンは「生き残る種は強いものではなく、変化に対応できる生物である」という考えを示したとされます。変化が加速する現代市場のなかで企業が生き残っていくためには、デジタル化に柔軟に対応できる経営体制を整備しなくてはなりません。そのため、IT人材と運用資金を確保しつつ、いかにして環境の変化を受容できる企業文化を醸成するかが課題となります。
まとめ
デジタルシフトとは、事業活動のさまざまな領域でデジタル技術の戦略的な活用を推進する取り組みを指します。デジタルシフトの本質的な目的はITシステムの導入それ自体ではなく、デジタル技術の活用による経営改革を意味するDXの実現です。いまやデジタル技術の活用なくしてビジネスは成り立たないといっても過言ではなく、競合他社との差別化を図るためにはデジタルシフトへの取り組みが欠かせません。新しい時代に即した経営体制を整備するためにも、既存のビジネスモデルや業務プロセスのデジタルシフトに取り組んでみください。
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